神経症と親の責任/俺の責任
神経症になる最大の要因は何だろうか?
人によっては、いじめとか虐待とか疎外や恋愛、仕事の失敗、裏切り、愛情の不足などいくらでもあると思う。
最大と言ったら、幼少期から唯一絶対の存在である親が一番だと思う。
俺みたいにかつて親が憎くて、同時におびえていた人でも、親を愛している人でも、
少なからずの影響を親から得ている。
親が好きでも、育ててくれたことに感謝しても、その親が子供がはまってしまう教育やしつけ(厳しいだけとか愛情を与えないとか)
をしてしまった場合、もろに影響を受ける。愛があるから、子供をちゃんと育てようとするけれど、それが子供が生きるのに不都合な
要素を与えてしまう。
その環境が子供にとっては唯一絶対的だから、親の考え方を更にゆがめて受け取ってしまう。
親からの暗示は絶対的だ。それを赤ん坊のころからやられ続けたら、そして、それが間違ったものなら、心がこじれるのは当たり前だ。
のびのびと育てられた子供は、内面的な問題をこじらせ続けることはない。
耐性もついているし、ブレーキでいう「遊び」をちゃんともっているから、俺らの傷つくことでも、マイナス影響を受けていない。
ましてや成功者と言われる人たちの多くは、傷つくことでも、プラスに転化してさらに進んでいける。
固定観念が強い親に育てられた子供は、神経質になったり、ドツボにはまったりしてしまう。
親だけが原因ではないし、複合的なものが重なってはまり込んでいくけれど、そのすべてのベースは子育てによる産物だと今痛感している。
その親も子供が生きにくいように願っていて育てたわけじゃない。まったく反対に生きやすいように育ててくれる。
だからもっともっと子供の心はこじれてしまう。
絶対君主的な親もいれば、放任主義もいるし、優しいのもいれば、虐待を加えるのもいる、無関心もいる。親がいないということもある。
子供にとっては親を選べないから、どんな環境としつけで大人になるのかは、人生をかけたギャンブルだ。
俺のことを言えば、絶対専制君主的な父親と冷たい(ように感じる)母親だった。
反発して家を出ることもできず、ずっとその庇護下で、いやいやながら過ごさなければならなかった。
だからよけいこじれてしまった。
いつも一方的だった。
こちらの言い分はまったく通らなかった。
こちらの言い分には耳を傾けず、愛情欲求にもつきはねた。
甘えたいときに甘えられなかった。
どうにか受け入れてもらいたい思いがずっともっていた。
今となっては言えるが、あの二人は俺のためを思って、あんな育て方をしたんだと思う。
まさか憎くてやったわけじゃないだろう。
だけど、俺の心に憎しみを生じさせてしまった、下手くそなとても視野の狭い独りよがりの育て方をしていた。
ここで思うのは、子育ての負の連鎖だ。たとえば、虐待をうけた子供が大人になり、子供を育てる側になる。
当然、自分が受けた心の傷を子供与えたくないと思うのは当たり前だが、高い確率で子供を虐待してしまう。
そういう有名なデータがあるらしい。
要はそういう育て方しか知らないからそうなる。
だから、俺の両親も(特に父親だが)、同じ育てられ方をされたんじゃないかと冷静に過去を振り返られる今、つくづく思う。
父親の父親も俺は大嫌いだったし、同類なところもあるだろう。
父親は自分の父親にはいい思いを持っていなかった。
俺から見ても
伯父、伯母を見ても、好きじゃなかった。
そういう育て方を祖父(祖母)はしていたんだろう。
負の連鎖はどこかで切らないと、自分と同じ目に遭う人間がたくさん出てくるだろう。ただでさえ、病みやすい世の中なのに。
でも、いつまでの親のせいにしてはいられない。
結局苦しんでいるのは自分なのだから、自分の中で解決しなければダメだ。
親を引きずるよりは、むかしそんな育て方をされたなぁ、と冷静に振り返ることができるようにならないければならない、と思う。
過去はちゃんと存在しても、引っ張り回されなければ、かなり過去と決別できているということだろう。
なった責任は親でも(他人でも)、治す責任は自分にある。
親が嫌いでも、神経症になった大きな原因になっているとわかっていても、親からの依存から脱出できない人がいる。
ある意味、それまでの親子の関係を切らなくては、改善もできないというのに、それでもずるずる親のマイナス影響下でくらして、ビクビクしている。
家を出ろとは言わないが、環境を変えなければ改善できるものもなかなかできないと、経験で言える。
それは自己責任をベースとした行動だった。
環境を転地することはとても重要だと思う。
勇気は必要だし、リスクはもちろんいるけれど、そればかりは最低限覚悟を持たなくちゃいけない要素だと思っている。
それができたから、俺はすごく改善できた。
神経症に陥る人の親は極端に過保護が多い。
俺の親もある意味そうだった。
お前のためにやっているというのが、彼らの言い分だ。
外で何をしたかいちいち聞かれる。
20を過ぎてもう小学生ではないというのに。
だから羽目を外すことができない。
だから親の目がいつもあった。
だから自分を出して楽しむこともできない。
いつまでたっても精神的に独立できない。
人の評価をだから極端なまでにおそれてしまう(親の目がある故に良く思われなきゃいけない)
一番やばいのは、親が自分のせいで子供が悩みにはまったと言うことをまったく気づいていないことだ。
だから、たるんでいるのは悩んでいる本人と言うことになる。
苦しんでいる本人は苦しい状況から脱出したいから、何かしようとするけれど、すぐ親に反対される。
彼らは恥だと思うし、たるんでいるから悩みにとらわれるのに、医者やセラピストに助けを求めても意味がないと思っている。
お前らのせいでこうなってしまったというのに、自分の意見は絶対だと思っているから、まったく耳を貸さない。
そんなこんなで親のまでは自分をさらけ出せず、憎しみ切れず、中途半端にぐだぐだしたまま、子供たちは心を抑圧していく。
どんどん年をとっていき、まわりとのギャップにますます苦しんでいく。
いいことなどひとつも得られないまま、症状は悪化していく。
でも、親はまったく原因を気づかない。
そして、同じことが永遠と繰り返されていく。
環境からして腐っている。
どぶ沼に体をすっかり浸かっているのに、すべてをすっきり綺麗にしたいと考えているのと同じだ。
永遠に良くなりっこない。
そういう親のところに生まれたのは不幸だと思って、自分の力でこれからは切り開いていかなければならない(そのためにも本物のセラピストの力が必要だった)
すごく厄介な存在だ
過保護と放任主義は、放任主義の方が、世の中の荒波に強くなれる(愛情不足を感じたら、そこで問題があるけれど)。
過保護にどっぷり浸らせておいて、なんで冒険しないんだ、という。
そんな親に生まれついたのは不幸だと思うしかない。
もう過去には戻れないから。
あなたの神経症の原因、またはそれを助長させたのは何か、よくよく分析した方がいい。
そしてその環境にあったと気づいたら、すぐ環境を変えるべきだ。
勇気は必要だし、リスクもあるが、このまますすんでいくリスクほどのリスクはなかった。
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