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毒親の抑圧からの解放と神経症の解消

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毒親からの決別と神経症&アダルトチルドレン解消


親とは一切、自分の意志で手を切った。
いかに毒親の呪縛が、自分の負の精神構造に毒になっていたか、はっきり知覚したからだ。
心身症や抑鬱状態の原因のほとんどすべてといっていいものが、あいつらの教育としつけと家庭環境から来ていたと一本の線でつながったとき、心のもやもやが一挙に晴れた。
と同時にあいつらの抑圧とトラウマがいかに大きいかも思い知った。自分の軟弱性、小心者、視野の狭さ、器量のなさ、人間的小ささ、弱さも。

けんかに強い奴は、自分の弱さを知っている。本当に強い人間はちゃんと自分の弱さを認めている。
強くなるためにはそこが肝心だと痛感した。

俺のアダルトチルドレンや抑うつ神経症・自律神経失調症治療はだいたい3つの時期に分けられる。
大きく分けると不毛の時代と改善の時代、の二つだ。
最初は大学時代に、精神科と心療内科に通っていたとき(自律訓練法もやっていた)
次には社会人になってから催眠療法と森田療法をやっていたとき。
これまでは不毛の時代だった。
最後に俺が解決できたDreamart Laboratory神経症克服プログラムに参加してからは、改善の時代。
そこのカリスマ先生である岩波さんの神経症克服プログラムでも三つの時期に分けられると思う。
最初は、俺の抑うつ神経症・自律神経失調症の分析とその原因研究。
次に抑圧された感情とトラウマの解放への闘い。
最後はスキルアップ。

どれも俺が無意識に一番望んでいたものばかりだった。
それを提供してくれたのは岩波先生だった。
潜在意識の超専門家で、脳内無意識訴求技術(脳覚醒技術)を開発した凄腕だ。
俺の無意識に抑圧され続けたアダルトチルドレンになる悩みの種を根こそぎとってくれる技術にやっと出会ったと思った。
岩波先生は年齢に比べて驚くほど若々しく、エネルギッシュで、生きる上での心に関するスキルが高度に備わり、揺るぎがないぐらいの自分を持った人だった。
自分が好きだと言い切るほど、自分のスキルを完全に確立していた。

果たして悩んでいる人で、自分が好きだと言い切れる人はいるだろうか? 
俺のことを言えば、好きになりたかった。
裏を返せば、自分には不満で不満でたまらなく、コンプレックスが根強く、またプライドだけは人一番高かった。
プライドが高いから、自分を嫌いと言えなかったが、心の底では大嫌いでたまらなかっただろう。
それにはのちのち気づいた。
そして、自分を好きになりたい、好きだと胸を張って言える存在になりたかった。

自分が好きになるには、自分の能力やスキル、プラス思考というものがなければ、あり得ない。
仮に抑うつ神経症・自律神経失調症の原因とトラウマ処理が完全にできたとしても、自分への信頼や自信はその時点では生まれ得ない。
心も体も思い通りにならなかった人生なのだから、自分を信頼などできるはずがない。
自信が勝手に湧いて出てくることはあり得ない。
やはり自分に満足できるものが身に付いていなければ、ずっとコンプレックスを感じたままの人生になってしまう。

俺が先生に出会うまでに、抑うつ神経症・自律神経失調症やアダルトチルドレン克服のためにたくさんのことをやった。
他にスキルを身に付かせてくれるところはあっただろうか? まったくなかっただろう。
ただ悩みを聞き、心情を吐露させるだけだった。
あるいは薬を飲ませるだけだった。


私見だが、神経症の症状には薬物療法はやってはいけないと思う。
それより上の妄想や幻聴が聞こえる症状になったときには価値が出るのかもしれないが。
廃人製造療法として機能している場合もある。
強くたくましく生きるためのスキルは従来の心理セラピーやカウンセリング、病院では身に付くことは不可能だ。
いかに症状を上から押さえ込んで、軽くするかだけ、それが精神医療の限界だと思う。
症状が軽くなっても、それじゃあ幸せを感じない。
生きる実感なんか永遠に得られない。
ということは、親をよけい恨むだけだ。
親を恨むと言うことは、トラウマを再発することでもある。
だから、心のトラブルはなかなか治らないのだ。

克服がいかに難しいか。
とはいっても、俺のトラウマの処理が進んでいくと同時に、とても楽になり、不安にさいなまれることはなくなっていった。
俺はいてもいいじゃんか、と思えるようになった。
要するにプラスの思考ができるようになった証拠だ。
どうにもならない自己コントロールが出来るようになっていった。
いらだちや不安や抑うつの無意識からの突き上げも起きなくなっていった。

親へのこだわり(憎しみ、恨み、愛情欲求、承認欲求)もなくなっていった。
トラウマ整理をする段階では、最高に憎くなった。
いままで必死で抑え込んでいたあいつらへの不満や言いたいことがどんどん解放されたからだ。
しかし、これはいいことだ。
あいつらのこだわりを発散することで、心の毒がどんどん消えていった。
許す、許さないという選択よりも、どうでも良くなってきた。
だから、親を許すか? といわれたら、しょうがないと答える。
起きてしまったことは今更しょうがない。

このサイトで親へ言っていることは、当時を思い起こして書いているので、念のため。
あいつらに関わっても、これからの俺の人生は関係ない。
前へ突き進んでいくだけだ。
毒親は自分が思い通りにならなくなった俺に不満を持っているだろう。
しかし、俺は俺のやりたいことを自由にやる。
それが俺の幸せなのだから。

自分へ信頼がもてなかったのはなぜか? 
存在価値がないと思っていたのはなぜか? 
一番それを感じるのは、やはり人と接したときだろう。
そのとき、一番自分というものが見えるし、コンプレックスを感じた。
そいつがどんな性格の人間だとしても、俺を映し出す鏡になる。
だから、いかに自分が頼りないか、意識しなくても感じてしまう。
そいつがのっている奴ならば、余計落ち込む。
結局、自分がわかるのは、過去の自分を見つめるのと、もう一つ、人と接したときだ。
接したときにあるマイナスのことが感じられる。
だけど、プライドがあり、惨めになるから、それを必死で押し隠そうとしている。
でも、やっぱり心の底では感じてしまっていた。
結局、人よりも(変な意味ではなく)優位に立たなければ、どこかで心にコンプレックスを積み重ねてしまう。

スキルアップとはつまり、対人的なスキルの向上といってよかった。
仮に、トラウマを処理しなくても、完璧に対人的なスキルの向上が身に付いていれば、トラウマもトラウマじゃなくなると思う。
でも、トラウマを処理しないと、スキルを身につけるにはひどく非効率だから、結局はしなくてはいけないと思うが。

「気づけ!」

俺が強く言いたいことは、気づくことだ。
心のトラブルを解決するには「気づき」しかない。
それが心底から気づいたほうが、より効果的なのは言うまでもない。
でも、本やアドバイスだけで気づけるか? 
そんなことで気づいていたら、いまごろ悩んでこのホームページを見ていることはないはず。

気づくにも段階がある。
気づかせてくれる人がいなくてはいけない。
気づかせてくれる力がある人でないといけない。
それに気づくのにじゃまになる障壁をなくさなければいけない。
心の悩みにとらわれているときは、気づくことができない障壁がたくさんある。
視野の狭さなどだ。
あなた一人でははっきり無理だろう(このサイトは神経症やアダルトチルドレンの人が読むことを前提に書いてます)。
気づくにはちゃんと理由があり、それができるだけのプロセスを通らなきゃいけない。
悩みつづけると視野が狭くなる。
だから、いろんなことにチャレンジしても、学者以上に本を読んでも、結局気づけない。

気づけるための、ちゃんとしたプロセスは存在すると経験上強く言える。
もうぐだぐだやって、無駄に時間を浪費するのはやめた方がいいと思う。
俺が受けた神経症克服プログラムと岩波先生を薦めるわけではないけれど、他に俺を改善してくれたものがあっただろうか、と思うと、なかった。
こんなすごい人がいるのかというくらいずば抜けていたし、もし今の苦しい状況から脱出したければ、絶対受けるべきだ(誰でもうけられないこともいっておきたい)。

受ける気力や器量のない人は、もちろん受けなくてもいいだろう。
すごいということは、それだけインパクトがあるということで、また抑圧してきた感情を向き合う覚悟も必要になってくる。
その先には言い様がないスッキリした味わったことのないホッとした感情に包まれるのだが、そこに至るにはそれなりの強い意志が必要になる。
でも、本物に出会いたければ、必ずやるべき。

おせっかいと言われても、受けた人はとても感謝するとわかっているから。
奇跡を起こしたい人は必ず受けろ、40,50歳になってもずるずる悩みたければ受けなくていいし、勝手に苦しんでくれても、俺には関係ない。
今後、あんな人間的に鋭く大きな先生のような人に出会うことはないだろう。
必ず変えてくれる力を持ったすごい人だった。
せめて高校生のときに出会いたかった。

だが、26の時に出会って本当によかった。
あれだけ苦しんだ悩みやトラウマが先生の力で良くなったのだから。
心の底に潜む問題の核心を見つけ出す洞察力には驚いた。
あらゆるカウンセラーやセラピストや医者などの心を扱う人たちの中で圧倒的な力を持っている。
他がなまぬるくてしょうがないほどだった。

岩波先生に出会っていない人はかわいそうだ。
おそらく劇的に良くなることはなく、一生症状とつきあって行かなくてはならないんだろう、と思う。
それは俺にとっても、あり得たことだったから、ぎりぎりのところで助かったわけだ。
逆に出会った人は、幸せ者だ。
(→岩波先生のプログラムはそろそろ一般の人向けのプログラムを受けられなくなるという話がある)


向上心と自主性を持って生きようとしている人にとって、こんなすごい人はいないと思うだろう。
理屈ではなくて、ハートからでしか、悩みは絶対治らない。
今まで治らない人は、結局理屈でしか対処していなかったんだろう。
不安にさいなまれたり、人が気になってしまうのも、ハート(魂)から生じているものだ。
(自分の意志じゃなくても)魂から気合いを入れて悩んでいるのに、 理屈でわかっても何にも効果がないのは当たり前だ。

でも、わかった気になるから、逆に長引かせてしまう。
もちろん理屈がわかっていた方がいいが、心の底からわかってはじめて、それも効果的になる。
ハートからトラウマ解消はもちろん、悩むための大きなヒントをわからせてくれた。
それは理屈じゃないから、圧倒的な力を持った。
だから俺は良くなったのだ。

神経症・アダルトチルドレンは他の人の責任でも、結局は自己責任だ。
毒親の責任で俺は変な風にこじれたが、過去の苦しみや失ってきたものを、そのせいにするいじけた人間にもなりたくないし、そんな自分に腹が立つ。
だから、親のことを書いたこの文章を決別の意味で書いてみた。

次を読む(神経症になった時の親との向き合い方)

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